COLUMN

Case9:医療法人承継のご相談

〈お客さま概要〉 


業 種:整形外科

相談者:医療法人(経過措置型医療法人)

理事長:60 歳代・男性

医業収益:年間約3億円

 

すでにお取引を頂いている医療法人理事長から「後継者が決まり、本格的に承継を検討したい。ついては生命保険の活用を提案してほしいので一度来てくれないか?」というお電話をいただき訪問をしました。

このご家族はお子様3名(長女・長男・次男)とも医師ですが、診療科目が違うことと開業医になることに抵抗があり、以前より理事長から後継者問題をどうしようか?という相談を頂いておりました。

 

お伺いをしてお話を聞くと、長女の配偶者が整形外科医だったのでずっと説得をしてきたところ、ようやく承継をしたいとの意思決定をされたらしく、理事長もホッとしておられました。


「長女夫婦に医療法人を引き継ぐので、今後の方向性と私達の退職金準備などを相談したい」とのことでしたので、まず私から医業承継について検討するステップと内容を説明しました。

 

具体的な検討項目としては、

①医療法人の運営と経営について

②各種継承の時期

③出資持分の取扱

④理事長夫妻のマネープラン


の4つをこの順番で検討しなければならないことを説明しました。


①医療法人の運営と経営について

医療法人の運営上、最高意思決定機関は株式会社の「株主総会」に相当する「社員総会」です。

 

この社員総会のメンバーをどうするのか?をまずは決めなければなりません。

 

株主総会は株式保有割合で株主総会における議決権割合が決まりますが、医療法人の社員総会は出資持分の保有割合や保有有無に関係なく社員1人が1票の議決権を持つため、社員総会メンバーを間違えると大変な事態になることと、医療法人の承継と出資持分の譲渡は全く切り離して考えられることを合わせて説明。

 

そのためにステップとしては、理事長交代→社員交代になるのですが、ここで問題になるのが理事長の変更、いわゆる分掌変更です。

 

理事長の変更はいつでも可能ですが「クリニックの院長としての診察をどうするのか」「どのタイミングで現理事長が第一線を退くのか」という経営上の問題と、「どの時期に現理事長が退職金を受け取るのか」というマネープラン上の問題があります。

 

特に後者のマネープラン上の問題で言えば、完全に経営から離れた状態にしておかないと支給する役員退職金の損金性が否認されるため、理事長交代・院長交代・退職金支給を医業継続上に支障をきたさずにできる時期を見図ります。

 

この分掌変更と役員退職金支給についても理事長は理事長を交代したときに退職金を貰うおつもりだったようです。


②各種承継の時期

 

次に検討しなければならない承継時期としては、前述の通り「院長」「理事長」「社員」「出資持分」の4つであり、これを医療法人運営において支障をきたさないタイミングで行う必要があります。

 

そのために退職金やマネープランに軸足を置いて検討すると問題が起きる可能性があるので、まずは①の運営・経営形態を決めながらそれらの移行時期の目安を決め、最後にマネープランを重ねることを説明しました。

 

③出資持分の取扱

 

直近に顧問税理士が試算をした出資持分の税法上の評価は約3億円で、出資金2000万円でスタートした医療法人が15倍の価値になっていました。

 

配当ができない医療法人は内部留保が大きくなる傾向にあり、一般的なクリニックを運営している医療法人でもこのくらいになるケースはよくあります。

 

この医療法人では理事長と奥さまが50%ずつ出資持分をお持ちなので、それぞれ1.5億円の資産を持っていることになります。

 

これについて「長女ご夫婦が出資持分を買取るだけの資金はお持ちですか?」と質問をするとさすがに3億円の資産は持っていないとのこと。

 

私から出資持分を税法上の評価通りで譲渡しなければならない訳ではいことを説明。具体的には、出資持分を税法上の評価で譲渡すると、買う側の長女夫妻に課税は発生せず、売却する理事長夫妻が額面(1,000万円)と譲渡価格(1.5億円)の差額が譲渡所得として課税されることを説明。

 

仮に税法上の価格以下で譲渡した場合には、買う側の長女夫妻は税法上と価格と譲渡価格の差額が贈与とみなされて贈与税課税の対象となり、売る側の理事長夫妻は税法上の価格から長女夫妻側で贈与認定された部分を引いた価格と額面の差額が譲渡所得となり、課税が発生することを説明しました。

 

なお価格によっては長女夫妻の負担を抑えて譲渡することも可能なので、一概に双方に課税が発生しても問題とは限らないことを説明しました。

 

ただ、税法上の価格より安く譲渡した場合に、後々発生するであろう相続時に他の相続人(長男・次男)とで特別受益として揉める可能性も十分ありえるので、特別受益性の問題を意識しつつ価格を決めて頂く様に説明をしました。

 

④理事長夫妻のマネープラン


今まで説明をしてきた通り、医療法人を承継するタイミングで理事長夫妻が得られる資金としては「役員退職慰労金」と「出資持分譲渡資金」です。

 

どちらを幾らにするかよりも、ご夫妻として承継時に「手元に幾らほしいか」を決めて頂き、その上でどちらを幾らにするか?という配分を検討して頂くように説明をしました。

 

出資持分を承継するまでに長女夫妻に資力が伴えば、役員退職金はそれほど高額にしなくても済みますが、逆に役員退職金を高額支給すれば、出資持分評価を引き下げる効果が得られるので、退職金受給のほうがよさそうにも思えますが、高額な役員退職金を受給すると預金残高が減るためにその後の医療法人運営に支障をきたす可能性もあります。

 

特に今回の新型コロナウイルス感染症のように、不測の事態で医業収益が減ってしまうと、手元資金を幾ら置いておくかが安定経営のカギになるため、最低限確保しておきたい預金残高を想定し、役員退職金受給額を決める必要があります。

 

役員退職金額と時期が見えてきたこの時点で、逆算をして積立を行い、その積立を生命保険を含めて何で行うのがよいのかを検討する必要があることを説明しました。

 

 

ここまでじっくりと聞いておられた理事長が「全体像がようやくクリヤーになりました。今まで理事長の交代や私達の退職金・出資持分の譲渡など部分部分でしか考えていなかったので、決めないといけないことが沢山ありますね。これから長女夫妻としっかり話し合ってきめていきます」とおっしゃられると、横に座っておられた奥さまが「奥田さんがおっしゃられてたように長女は医療法人を引き継げますが、長男と次男には何を残してやるか?も考えないといけないですね・・・それはずっと気になっていたことなので、これを
機会に主人と話をして決めていきたいと思います」とおっしゃっていただきました。

 

私からは「保険屋としてタイミングが来れば最適な生命保険活用をご提案いたしますが、少なくとも今はまだそのタイミングではないと私は思っています。まずはご家族でしっかりと話合って頂いて方向性を決めて下さい。その過程で必要ならば資産税に強い税理士先生をご紹介しますので、法人の顧問税理士先生を変更することなくセカンドオピニオンと承継対策専門でご活用されればよいと思います。必要であればおっしゃって下さい」とお伝えすると「それも合わせて検討します」とのことでした。

 

まとめ

 

事業(医業)承継のタイミングにおいては、生命保険が活かせる場面は数多くあります。

 

ただ今回のように全体像が決まっていない状況で保険提案だけをしても合成の誤謬を起こすリスクがあります。

 

中には明確に全体像とスケジュールを描いてから生命保険のご相談を頂くケースもありますが、そういう医療法人経営者はかなり少数派です。

 

まずは法人内・ご家族でじっくりとお話をして頂き、ご意向と方向性を決めて頂くことが重要だと思います。

 

 

<文責>

株式会社FPイノベーション

代表取締役 奥田雅也

 

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