COLUMN

Case16:医療法人がハーフタックスプラン導入を見送った事例

〈お客さま概要〉
業 種:医療法人
従業員:350 名
相談者:理事長 50 代 男性 
医業収益:12 億円

 

 今回の医療法人は以前、税効果目的の生命保険契約を多数取り扱いましたが、現在は法人契約はなく理事長と奥様の個人契約が数件あるだけでしばらく疎遠になっていました。ところが先日、理事長から「ご無沙汰しています」といきなりメールが来て、相談したいことがあるので一度来てもらえないか?との依頼で数年ぶりにお伺いしました。

久しぶりに訪問すると、ここ数年で老人保健施設などの介護系施設を増やしており、規模はかなり大きくなっていました。理事長とお会いしてお互いの近況報告などをした後に理事長から「職員の退職金制度を検討したいので相談に乗ってほしい」と言われました。

 

この医療法人は平成19年の医療法改正で出資持分のある医療法人が新規に設立できなくなる直前に設立され、そのころからのお付き合いです。理事長とは10年以上のお付き合いがあるので、理事長の考え方などはある程度理解しており、退職金制度を検討しようと思った経緯に興味がありましたので確認をすると「養老保険を使って法人での課税繰り延べをしつつ、従業員の退職金積立を行いたい」という意向でした。

 

累計保険料では数億円にもなる課税繰延目的の生命保険契約を取り扱ってきた経緯があるだけに、理事長の考えに課税繰延目的があることは特段驚きはありませんでした。私のほうから簡単に以下の4点について説明をしました。


❶対象者は原則として全職員になるが、入職後一定期間を経過した職員だけを対象にすることは可能。だたし保険対象者が全職員の70%以上になるようなルールにしなければ福利厚生制度としての普遍性が担保できないので否認されるリスクがある


❷保険期間は原則として退職年齢(60歳)を満了年齢にすることであり、医療・介護職は離職率が高いので、保険期間を長くすると途中で退職した場合に返戻率が上がっていないので損をする可能性が高い


❸保険金額は弔慰金として常識的な金額(100万円~300万円程度)にしておくべきだが、そうすると保険期間と保険金額を考えてもあまり保険料は高額にならず課税繰延効果は限定的になるが、それでも良いのか?


❹上記のことを考えると、養老保険を使ったハーフタックスプランで退職金積立制度を導入するのはメリットが出しにくいので、純粋に退職金積立を検討するのであれば、中小企業退職金共済制度や特定退職金共済制度などの公的制度を活用したほうがよい。ただしそもそも退職金制度がない現状で、将来の退職給付債務を背負うことが果たして法人運営上、ただしい選択なのか?を検討すべきでは?

 


これを聞いた理事長から「実際にウチで養老保険に契約した場合、年間保険料はどのくらいになりますか?」という質問を頂いたので、私からは「詳細な設計をしないと分かりませんが、イメージとしては、職員の平均年齢が35歳で60歳定年ですと保険期間は25年。保険金額を300万円にすると一人当たり月保険料は1万1,000円くらいになると思います。それを350名のうち80%の280名で契約したとすれば月額保険料は約300万円。年間で3,600万円の保険料になり、2分の1の1,800万円が損金として計上できます」とざっくりと説明をしました。

 

理事長からは「年間1,800万円の損金が作れるのであれば悪くはないですね」とまんざらでもない表情でしたので、私は次のように釘を刺しました。

 

「損金額としては確かにそうです。ただ先ほどご説明したように、早期退職するとかなり返戻率が悪い状態で中途解約することになりますから、生命保険としてはメリットがありません」


「損金だけでいうのであれば、全職員を対象に月1万円の掛金で中退共に加入すれば、月間350万円で年間4,200万円の損金が作れますし、2年以上掛けていれば掛金の全額が退職金として支給ができます。そちらの方が効率的ですよ。ただし中退共のデメリットは医療法人の口座から引落をされた瞬間に掛金は職員さんのものになりますから、法人で積立金は活用できませんが・・・」

 

ここまでの話を聞いて理事長は腕を組んで考え込んでいましたので、「ちなみに課税繰延効果を考えておられるということは相変わらず医療法人の決算状況は好調なんですか?」と質問をしました。

 

「コロナ対策費用の支出は増えているものの、収益は好調なので利益対策をしたいと思ったが、昔のように生命保険が使えないのでどうしたものかと思って調べると、養老保険を使った仕組みがあると知ったので、どうせなら退職金積立を兼ねてできればと思ったんです。ただ奥田さんの話を聞いているとそんなに簡単な話じゃないんですね?よく分かりました。ちなみに何人かの先生に話を聞くと、結構養老保険を使ってやっていると言ってますが、よそはどうなんですかね?」と逆に質問を受けました。

 

私は以下のように説明をしました。


「養老保険を使ったいわゆる『福利厚生プラン』というのは昔からあるメジャーな手法なので医療機関に限らず業歴の長い法人では導入されているケースはそれなりにあります。ただ私の印象ではかなり昔から導入している法人さんは、私がお話ししたポイントをキチンと踏まえて正しく制度運営をされているケースが多い印象です。一方、そうでない法人さんは、福利厚生や退職金積立という目的よりも課税繰延効果にフォーカスして制度運営をしているケースが多く、私から見ると危なっかしい法人がそれなりにあります」

 

「実際に国税不服審判所での裁決事例をみていると、養老保険に関する事例も多くあり、歴史が長い分、当局もよく分かっていて税務調査で指摘されやすいという印象ですね。なのでこの制度を導入するのであれば本当にしっかりとやらないと危ないので、私個人としてはおすすめしていません」

 

「特に先生の法人のように、いままで退職金制度がなかった法人で導入する場合には、退職金制度を導入することで退職給付債務が発生するリスクと、職員採用・定着という人事戦略において退職金制度が与えるメリットを考慮した上で検討したほうが良いと思います」

 

理事長は「確かにそうだね。目先の税効果だけを意識するとおかしなことになりそうなので、もう少し慎重に検討した方が良いね」とお話をされ「実はすでに養老保険の見積は作ってもらっていたんです」と某社の設計書を机の上に置かれました。

 

許可を頂いて中身を拝見すると「保険期間10年・保険金額10万ドル」の米ドル建特殊養老保険(リタイアメントインカム)だったので思わず「あ~これ一番危ないプランです」と言ってしまいました(笑)

 

理事長からは「ここの保険屋さんは『このプランが一番効果が高くて人気でよく売れてます』って言ってたけど…」と怪訝そうに聞くので、先ほどの原則に合わせて、保険金額が途中から増えて2倍になる特殊養老は保険金額が職員死亡時期で異なるので福利厚生制度としてはあまり適さない上に、金額が大きすぎるのでさらに不適切であることを説明しました。

 

そして最後に「この商品を使うのであれば、規定の作り込と制度設計は要注意ですし、逆にそこさえしっかりとやればよいとは思いますよ。ですので採用される際はくれぐれも慎重にやってください」と説明をしました。

 

理事長からは「今日、久しぶりに来てもらってよかったです。本件はじっくりと考えますが、また何かあれば相談させて下さいね。これからもお願いします」とおっしゃって頂き、私からも「先生と奥様のご契約がまだありますから、私でよろしければ何かあればお気軽にご相談下さい。いつでも来ますので」とお応えをして退出をしました。

 

帰路について1時間もしないウチに理事長からメールがあり、「先ほどの件、考えましたが退職金制度は見送ることにしました」とのことでした。順調に規模を拡大されている医療法人の経営者だけあって、意思決定の速さと思考の明晰さはさすがだと思いました。

 

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<文責>

株式会社FPイノベーション

代表取締役 奥田雅也

 

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